2016年07月18日

納豆の概念を揺るがす『謎のアジア納豆』

↑で紹介されてて興味を持ち、見てかなり衝撃を受けた納豆ノンフィクション、『謎のアジア納豆』

著者はミャンマーやソマリアなど危険地域への潜入ルポで名を上げた高野秀行。でも今回はそんなきな臭い話はない
のに、むちゃくちゃ面白い。300ページ強のハードカバーでなんだけど一気に読めちゃう
内容はタイトル通り、世界の納豆を探求する紀行ものだ。
(追記でネタバレ)



納豆は日本固有のものではない、それは知ってたけど

本の概要としては、東南アジアの各地域に広がる納豆に似た食べ物を訪ね、日本の納豆の起源にも触れながら納豆とは何かについて考察するというものだ。
海外で納豆に似た食べ物といえば、インドネシアのテンペが有名だと思うんだけどこの本ではテンペについて一切触れない
その代わり著者の若い時代、ミャンマーの反政府組織と行動していた時代にどっからどう見ても納豆な食べ物に出会ったエピソードから話が始まる。
それから二十年余り、日本で在日タイ人に納豆について尋ねたところ、日本の納豆とまるで違う食べ方をする現地の納豆の話を聞いたのをきっかけに納豆探求の旅を始めるというのがこの本のエピソードの始まりになる。

この著者は納豆は日本固有のものだと思っていて、外国に地元の納豆があることについてはある種の驚きを持っていたようなんだけど、
冒頭のテンペも然り、トトロやもののけ姫で有名な照葉樹林文化論とかに馴染みのある人はヒマラヤのキネマも知っていると思うのでそれ自体驚きはなかった。
ただ、東南アジアのどこでも納豆を食べているのではなく、利用地域が山岳の少数民族に偏在していること、周りにもっと便利な食材があれば納豆は利用しないことなどの詳細については知らなかった。へー!

周りにあるもっと便利な食材とは、主に代替となる旨味調味料のことで、例えば

  • 漢民族周辺は豆類で作った醤
  • タイ・ミャンマーの平野地帯は魚醤
  • インド周辺はカレー
  • モンゴル・チベットはチーズ

という風に納豆より旨味が濃くて保存が効くものが並ぶ。近年はこちらに加えて味の素を筆頭にした化学調味料が中国・東南アジア・インドあたりを席巻してるんだって。
んー、確かに汁物やつけ汁に納豆を入れてもあんましっかりした旨味は感じられないし、匂いもきつくなるんで別の旨味調味料があったらそっち使うよな

いや実は納豆は日本だけ?

ていうか、東南アジア内陸部の納豆(本書でアジア納豆と呼ばれているもの)の使われ方を見るに、これ納豆じゃなくて味噌だ。
具体的にいうと

  • タイ北部チェンマイでは乾燥させて煮物やタレに
  • チェンマイに隣接するミャンマー北東部シャン(シャム)州ではペースト状のものを焼きおにぎりにつけて
  • ネパールで食べられてるキネマは旨味調味料として様々な料理に
  • ミャンマーのナガ族では菜の花スープの出汁に
  • 中国湖南省苗族では回鍋肉の出汁に

と、それぞれ使われ方は味噌そっくりだ。
本書でもいたるところで手前味噌ならぬ手前納豆と書かれている通り、食品としての扱われ方も人の思い入れ具合も味噌の方が近い。日本のように副菜として納豆が独立している地域の方がめずらしいんじゃないだろうか。

いやむしろ味噌と納豆が区別されているのが日本だけなんじゃないかって気がしてきた。前節で書いたとおり、他の旨味調味料がある地域では納豆は廃れていく。漢民族に親しまれている大豆の旨味は醤だけど、これは豆板醤とかで有名なとおり唐辛子味噌なのでむしろ味噌だ。更に言うと醤を醤油と味噌に分けるのも中国ではない日本の独自文化のように思えるんで、同じジャンルの発酵豆製品を醤油・味噌・納豆に細分類するのが日本だけっていうのが正しいんじゃないだろうか。

ここまで再定義すると、納豆は日本独自の食べ物っていう言い方も割りとおかしくないように思えてきた。他の国では味噌や魚醤があれば廃れるはずの納豆が、なぜか独立して別ジャンルとして成り立っているっていうのが日本の独自性なんだろう。

今に残る縄文魂

そう考えてみると日本人の大豆好きは異常だ。コメは何ならなくっても蕎麦やうどんやら他の日本食があるけど、醤油と味噌がなくなったらほとんど日本食とはいえない。その上豆腐とか枝豆とか調味料以外でもやたらに大豆製品を食べる。しかも単なる煮豆ではなくて発酵させたり油をとってアルカリで固めたりとやたらに手間を掛ける。こうやたらに手間をかける理由として大豆は生のままだと有毒で消化に悪いからだって説があるんだけど、んじゃあ他に便利な栽培植物食えばいいんじゃね?

というツラツラを考えてみて思い出すのは、縄文時代のドングリやトチの利用。クリがなくなってから代用としてドングリを利用し始め、トチの実はモチモチの木で有名なとおり近代まで活用されてたんだけど、これがまたアク抜きに異様に手間がかかるんだ。
そこまでして食べなくても他に便利なもの食えばいいのに、っていうことでこちらはコメに取って代わられたわけなんだけど、加工に手間かかってもいいから蓄えやすい食物を育てようぜっていう縄文魂が、案外大豆の広範囲な利用に役立っていたんじゃないのかな。

と、ここまで話すとああ照葉樹林文化論ねっていう冒頭の話題につながりがちなんだけど、あれ俺的には懐疑的だ。何か縄文時代と稲作の始まりと武家の台頭の時代と、それぞれ別々の時代で発生した地域差を同じ根っこで説明しようとしているように見える。それぞれ1000年くらい違うんだけど。ちなみに本書でも照葉樹林文化論には否定的で、特に納豆に限って言えば照葉樹林どころか熱帯雨林地域を中心に広がっている食文化を照葉樹文化っていうのはおかしいみたいな話してる。うんまあそうだね。

じゃあなんで納豆はタイ・ビルマ・ネパールの山岳地帯と日本なんていう飛び地に普及したの?っていう話になるんだけど、本書ではかつて東アジア全域で食べられていた大豆発酵食品が、漢民族の膨張によって周辺部に追いやられたためという説を出している。書内では触れられてなかったんだけど、この説だとインドネシアのテンペもすんなり説明できそう。あれでもこれって照葉樹林文化論と何が違うんだっけ・・・ともあれ学術的には証明された説ではなく、あくまでこの作者の頭のなかから出た結論だ。正確なところは学者の粘り強い研究を待ちたい。納豆だけに。

紀行物としてむっちゃ面白い!!

とまあ歯切れの悪い結びで締めたんだけど、この本の最大の魅力は学術的な知識ではない。体当たりで現地の納豆を食べる、現地で作っているところを取材する、そして何なら現地の製法で実際に作って食べてみる(発酵食品素人熱帯で!)という破天荒なエピソードの集まりが魅力なんだ。そして出会った民俗の納豆に対する思いの描写、「納豆は垢抜けない両親のよう」みたいな言語感覚、こういう紀行物としての冒険気分を味わうのが正しい楽しみ方なんじゃないかと思う。さすが辺境ルポライター。

そしてノンフィクションやルポなどいっぱい書いている作者だけに、物語の進め方がかなりうまい。かなりハマった。
謎の竹納豆の正体とは?雪納豆はどのようにして生まれたのか?本を読むと意外な展開と鮮やかなオチに魅了されるだろう。
posted by LoyalTouch at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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